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私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

山田太一講演会 “時は立ちどまらない” レポート(3)

山田太一 書籍

【子育てについて (2)】

 子どもといっしょに暮らしているだけで、すごく影響を与えてると思うんですよね。年上の男、年上の女がどういうものか、いるだけでどういう矛盾、どういう悪いところがあるか伝わってくる。夫婦で「死ね」とか罵り合ってても、1時間ぐらいすると、役所に出すあの書類どうするとかいう話になって(一同笑)。子どもは、自分たちは別れ別れになるのかなって思ってたら、あれ?と(笑)。そういう人間のいい加減さもありますよね。社会の影響もあって、親は責任持てないですね。また、人間は幸せでなきゃいけないということもなくて、不幸だと幸せの価値も判ってくる。

 

【戦争について】

 フィリピンのマニラで、フィリピン人をものすごく殺しましたね。大量に、無意味に殺した。でもフィリピン人は、中国の人みたいに言わないじゃないですか。言わないから助けられてるってところがある。

 

 戦争って起こってしまったら、局外に出て行くことはできない。どっかの国が日本の都市にミサイル撃ち込んできて、2〜300人死んだりしたら、ガーッと言論は書き立てるでしょうね。政治家も手を打てなくなるし、やられたらやり返さないことにはって言い出して、日常生活の価値観が吹っ飛んでしまいますね。面子とか信条とかで戦争をやってしまう。一度始まったら大変ですよ。無人の爆撃とかで、あんなのをやってたら、人間がひとりもいなくなっちゃうんじゃないかなって…。

 

 (戦時中に)湯河原の温泉で、ベレー帽かぶっている人がいたら、あいつはスパイじゃないかって石投げたり。いま思うとひどい、当時としてもひどかったけど(一同笑)。

 農家に食糧を分けてもらいに行ったら、おばあさんがしっしって。普通のおばあさんがね。分けてくれって来る人が多いからで、それがあのときのリアリティだったんですね。ぼくは子どもだったんで、いっしょに行った大人のほうが屈辱だったかもしれないです。

 

【読書について】

 読書は、一種の逃避でしたね。病的に読むようになってしまって、自分は読むしか能がなくて、クリエイティブなことはできないんじゃないかって思ったこともありました。既にいい本がいっぱいあって、深い洞察もあって、もう書く余地がないんじゃないかなって。カフカが、この世に発表する値打ちのあることは全部ゲーテが書いている、と言っています。悪も善も恋も、あらゆることが語られている。ぼくなんかが商売できているのは、みなさんがそれを読んでないからですね(一同笑)。

 自分の現実認識を本に正されるっていうのは、快感ですね。優れた人も、どうかと思うようなことも言っていたり、すべてが正しくはない。また、ひどいことを言う人が、チャーミングな小説を書いたり。本を全部は信じないで、自分中心に読むことですね。映画なんかはどんどん過ぎちゃうけど、本は止まってくれるから。最近読んで面白かったのは、矢野久美子さんの『ハンナ・アーレント』(中公新書)ですね。

 いまは情報がインターネットでどっと来る。ぼくはそれがない時代にいたから暇で本が読めたけど、いまは歩いていても情報が来て忙しくて、自分や他者がどういう存在かって考えるのも大変ですね。スマホとか、本当に自分に必要か考えないと、それに制覇されてしまう。

 

【その他の発言】

 ジョン・レノンの「イマジン」は国とか人種、性差を超えられるかもっていう、ほんとにいい歌ですけど、ジョン・レノンもそれが夢だと判っている。もし中東の人とか、中東でなくても(難民を)家に泊めたら、1週間経ったらもう顔も見たくなくなっちゃうでしょう。そんな博愛主義は維持できない。

 綺麗な言葉があると、綺麗だけど空疎だって押し返す力、そういう力が衰えてきている。東北の大震災のとき、みんなで助け合おう、ひとりじゃないって言ってて、よくそんなことが言えるなと思いましたね。津波にあったら、その悲しみは他の人が肩代わりすることはできない。共有なんかできないですね。それぞれの悲しみとかつらさも、歓びも肩代わりなんかできない。ひとりで死んでいくんで、それが当たり前になっていかなければならない。 

 人の“”にっていう漢字、あれは“”っていう字に似ていますね(笑)。どういう成り行きでそうなったのかは判りませんが、そういうの好きだなって。

 人を信頼することって大事ですけど、突きつめるとひとりですね。ひとりで死んでいく。看取ってくれる人がいればラッキーだなって思って、期待しないようにしましょう(拍手)。 

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 山田先生の20年前のエッセイ『親ができるのは「ほんの少しばかり」のこと』が再刊されており(PHP新書)、その場でサインしていただいた。サインしてもらうのは何度目かなのだけれども、紳士的で愛想がいいにもかかわらず毎度目が怖くて、こちらはあまり話すことができない…。

 

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