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関本郁夫監督 トークショー レポート・『極道の妻たち 死んで貰います』(1)

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 映画『極道の妻たち』シリーズと言えば、やくざのおかみさんを主人公にした人気シリーズとして、若い人はともかく、30歳以上の人なら見たことはなくともきっと聞いたことくらいはあるだろう。その主役としては、1986年から1998年まで10本中8本に主演した岩下志麻のイメージがやはり強いが、98年に岩下シリーズがひと区切りした後、翌99年から高島礼子主演で新シリーズがスタート。その最高傑作と名高いのが、関本郁夫監督『極道の妻たち 死んで貰います』(1999)である。

 京都の組で、夫が服役中の主人公(高島礼子)は、旧知のクラブママ(東ちづる)や若頭補佐(原田大二郎)とその妻(斉藤慶子)らと反目しながら、組を取り仕切っていた。そこへ跡目争いの抗争が勃発し、やがて共通の敵を討つべく、高島と斎藤のふたりは決死の殴り込みをかける。

 

 筆者はこの作品を偶然テレビで見て、その面白さに驚愕したことがあった。よくある筋だけれども、艶のあるかっこいい台詞と古めかしいが熱い演出、役者陣の好演によって見応えある快作に仕上がっている。

 今年6月、“ラピュタ阿佐ヶ谷”の特集上映“鉄腕脚本家 高田宏治”にて『死んで貰います』のリバイバル上映が行われ、上映後に関本郁夫監督のトークショーがあった。脚本の高田宏治先生も、客席から発言されている。聞き手は『映画の奈落 北陸代理戦争事件』(国書刊行会)の伊藤彰彦氏(以下のレポはメモと怪しい記憶頼りですので、実際と異なる言い回しや、整理してしまっている部分もございます。ご了承ください)。

 

【『極道の妻たち 死んで貰います』(1)】

関本「10年ぶりに見せてもらって、もうやっぱり、一分の隙もないシナリオだなと。自分で言うのもなんだけど、見事な作品ですね。高田脚本のおかげです。だから(シナリオは)全然変えていません。

 この作品は不幸な封切りで、劇場は2館だけ。予算も少ないし、16mmでしたしね。大変なスケジュールでやってて。

 でも極妻は東映の看板だし、いくら予算が低くなっても東映京都としてはがんばらなきゃならない。テレビの仕事と違って、映画はギャラがもらえなくてもやるってところがあります」

 

 岩下時代に比して、高島主演のシリーズは予算や公開規模が縮小されたそうで、確かに見ていて金がかかってなさそうに思える。

 主役の高島を上回るほど存在感のあったのが、クラブママ役の東ちづるである。

 

関本「この東ちづるは最高だね。これは高島作品と言うより、ちづる作品(笑)」

高田「この映画には、いまでも思い浮かべるシーンがありますね。

 終わっていっしょに飲んだとき、東ちづるにこういう役いっぱいやったら?って言ったら、でもCMがあるから(この手の作品には)あまり出られないって。いまはそうなんだよね」

 

 東ちづるの実家?のロケ地は、京都出身の関本監督のこだわりであった。

 

関本「京都の○○は、伏見工業高校に通っていたとき近くを通っていたんですが、あまり知らなかった。この作品の前に『残侠』(1999)というのをやっていたんですが、そのとき、ある親分に連れていってもらったのが、あの川のところです。京都の人は踏み込めないところですね。あそこを使えたので、東ちづるの役のリアリティが出たと思います」

 

 クライマックスの姐さんの殴り込みなど、90年代には珍しい任侠映画風なのは、世代的に任侠に間に合わなかった関本監督のこだわりである。関本監督が監督デビューしたころには、東映の任侠路線は終わって、『仁義なき戦い』(1973)など比較的リアルな実録路線が始まっていた。

 

関本「任侠映画の時代に助監督をずっとやってて、任侠を撮りたかったって思いますね」

 

 関本監督は、『天使の欲望』(1979)などいきいきした女性像の描出で知られる。

 

関本「自分が男ですから、男のことはある程度判る。でも女のことは判らないので、勉強したというか(笑)。まあ、昔のことですね。(女性の演出の秘訣は)うーん、好きとしか言いようがない(一同笑)。

 高島は志麻さんと違って出来上がってないから、川でつかみ合いとかもできたのかなと」(つづく) 

 

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