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私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

黒沢清監督 トークショー レポート・『フック』(2)

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 スピルバーグの代表的な失敗作である『カラーパープル』(1985)や『太陽の帝国』(1987)もこの時期です。『カラー』は黒人の奴隷問題、『太陽』は第二次大戦を扱っている。『太陽』は傑作だと思うんですけど、(世間では)スピルバーグは背伸びしてこういうのを扱って失敗したという評価で。ならばということで、撮ったのが『フック』(1991)。

 『フック』は、『ジョーズ』(1977)や『E.T.』(1982)と似た企画だと思うわけです。『ジョーズ』は有名なサメの口が、マークとして出回った。『E.T.』は指の先が光る、自転車が空中を飛んでるみたいなイメージが出回った。主人公はサメと戦う、ETと出会う。主人公が未知のものと出会うという。『フック』も鍵型のマークが出回った、誰も覚えてないですが(一同笑)。フックが主人公ではなく、主人公はフックと出会い戦うというものです。

 『フック』もそういうものと思って見てみると、『ジョーズ』『E.T.』と同じで、前半はある意味で素晴らしい。スピルバーグ独特の演出が冴え渡っているシーンがいくつもあります。フックがいつ出てくる?という。フックが出る予兆、スピルバーグ作品らしい光や、スモークを焚いたぼんやりした室内。物が揺れるとか、ナイフが突然動き出す、窓の取手が回り出す。そういうシーンは素晴らしい。ジョン・ウィリアムズ の音楽も鳴り響いて、何かがやってくる、と。『未知との遭遇』(1977)は、それを全面的にやったんですね。

 

 ただ、この作品の本当の価値は、フックが出てくるところにある。待ってましたとばかりに、フックのテーマが流れる。ぼくはこのテーマが好きで、1994年から哀川翔さん主演のVシネマ『勝手にしやがれ』シリーズ(1995〜96)を6本撮るんですが、このテーマ曲を音楽家の人にフックのテーマのようにしてくれと頼んで、(出来た曲は)だいぶ違ったんですが(一同笑)。

 

 フックは主人公でなくて、主人公は別にいる。主人公はピーターパンで、フックと出会う。そこにこの作品の混乱があるんです。

 ピーターパンは、(本来は)妖精で少年ですね。スピルバーグは、10年に1本の割合で、少年を主人公に撮っている。1982年の『E.T.』、『フック』、『AI』(2001)、『タンタンの冒険』(2011)…。みんな少年が主人公。『フック』も少年が主人公であるべきだったんですが、ピーターパン役はロビン・ウィリアムズという、若者ですらない太った中年男。ここで澱みというか混乱が生じている。ほんとに少年だったピーターパンが、何シーンか出てくる。あの人はリバー・フェニックスかと思ったんですけど違ったようで、その彼がちょっとしか出ないんですが素晴らしくて、どうして彼が主人公じゃないのか。

 かつて『太陽の帝国』という呪われた映画があり、スピルバーグは力を入れてつくったけど、これが興行的に失敗。さっきのランキングでは…16位。微妙な位置ですね(一同笑)。ぼくは大傑作だと思いますが、この失敗が彼のトラウマになって、「自分は少年を撮れない」と思ったんじゃないか。それで少年でなく、中年を主人公にしたのかもしれない。

 

 このころは激動の時代で、1990年にベルリンの壁が崩壊、1991年にソ連が崩壊。東西対立がなくなっていった時代です。スピルバーグも、あからさまな対立はやりたくないと思ったのかもしれません。穿った見方ですが。

 素晴らしい少年がキャスティングされているのに(主役が)ロビン・ウィリアムズになり、(ピーターパンとフックは)対立しそうでしない。あの手この手で回避されています。対立するんだかしないんだか。

 フックのダスティン・ホフマンが、(終盤に)疲れきった様子で“もうやめよう、おれたち何やってんだ”という顔を見せる瞬間があって、胸を打たれました。

 

 これの後スピルバーグは見事に復活して、今日のポジションを築いていくんですね。『フック』で彼はふっ切れる。『シンドラーのリスト』(1993)で、ヤヌス・カミンスキーという素晴らしい撮影監督と出会ったというのもありますが。その前の混乱期の最後を飾る作品です。

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 映画館は百数十人のお客さんが詰めかけて満員。おそらく、黒沢人気のおかげだろう。スピルバーグ監督も、20年以上経て遠く東京で『フック』が満員になるとは思いもよらないのではあるまいか。トークは予想より短くて残念だったものの、それでも面白く、もしかすると『フック』に関する真摯な解説は本邦初かな…などと思ってしまった。