私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

対談 藤子不二雄A × 石子順(1990)・『少年時代』(4)

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 時代は戦時中だがもっと普遍的な少年の物語にしたかった

石子:戦争の時代というのは漫画もそうでしたけど、映画でもすごく出ていましたね。靖国神社のところとか、兵隊になって出征していくところ。

藤子:あのへんはみんな篠田さんの感性ですね。僕らは世代的には近いんですけど、僕と山田さんは同い年で、篠田さんは僕らより三年上なんです。そうすると戦争にたいする考え方とか感じ方が微妙に違うんですよ。僕らは終戦のとき、ああ戦争が終わってよかったという開放感みたいなものがあったんですけど、監督は中学三年で皇国少年になっていたものだから、戦争が終わったときは悔しくて腹切って死のうかと思ったそうです。だから、戦争にたいする思いが、映画のほうはわりと強く出ていますけれど、それは監督の思い入れがあるのだと思います。僕はむしろ、この映画は時代設定が昭和19、20年という時期ですから、戦時中になるわけですけど、それは単なる状況のひとつであって、なるだけ戦争とか戦時中の空気というのは入れないようにしようと思っていました。漫画はそうでした。もちろんその時代の風景というか、子どもたちの背景に吹いている時代の風というのはあるわけですが、それをはっきりとしたかたちにしないように漫画では書いたのです。実際、ぼくも富山のほうに疎開して田舎にいたのですが、きわめて田舎ですから実際問題、食糧難といってもそれほど深刻でなかったし、戦争の空気というのももちろん身近に感じましたけど、それほど激烈なものじゃなかった。そのへんが三歳年上の監督とはずいぶん違っていたようです。

 

石子:あの時代の子どもたちは特別な出会いというのがあって、都会の子がポッと田舎にいって、いままでとは全然違う子どもたちと出会い、いろんな新しい体験をするわけですね。で、戦争が終わって、お母さんが迎えにきて、田舎でいい人たちのところにいて何もなくてよかったねと言うんだけど、そのときのお母さんの気持ちと子どもが体験した事実とは全然違う。あのズレが見ている人にすごく突き刺さってきました。

 

藤子:あのころが大人の社会と子どもの社会というのが画然と分けられていましたよね。いまは大人が子どもに干渉するし、子どもも大人のすることにアプローチする時代ですけれども、あのころは大人はほとんど子どものことは関知しないし、子ども自身もいまからみるときりっとしていて、たとえいじめを受けても親に言ったり、先生に告げ口したりするのは、人間として失格という感じで、いっさい言わなかった。それは映画にもありますけど、あの時代は大人の社会とは別に子どもの世界が確立しているという、そういう時代なんですね。だから、あの主人公だってほんとうはそんなに強い子じゃないんだけど、お母さんに言ってもしようがないということもあって、田舎でも一年間の生活がどんなに悲しく、辛く、切ないものであったかということを黙ってる。それがひとつの美学でもあるわけですね。ところが親としてみれば、ああよかった、東京にいたら空襲でひどい目にあったけど、田舎にいたから、美しい自然があって、純朴な田舎の子たちと愉快に生きてこれてよかったねという思いがあるわけです。それはいつの時代も大人は子どもの心が分からないというひとつのアイロニーでもありますね。

 

石子:それと校庭で朝礼台で体罰を受けてる子どもがいましたね。歯をくいしばってバケツを下げてる。ああいう体験ってあの当時の子どもはみんな持っていますよね。ああいうなんでもないシーンがすごいなと思いました。子どもの戦争時代を描いた映画というのはずいぶんありますけど、ああいう細かいところで違ってくるんですね。

 

藤子:ああいうふうに徹底して子どもたちの世界だけを描いた映画というのはあまりないんじゃないですか。僕はもちろん子どもたちの映画が好きで、いままでずいぶん見てきましたけど、子どもの映画と言うのはだいたい二分されますね。つまり、ひとつは『風の又三郎』みたいにメルヘンとして子ども時代を描く。それでなければノスタルジックに少年時代を回顧するものです。この映画も回顧的な要素はありますけれども、やっぱり少年時代そのものの、固有の葛藤をシビアに見つめている。その点でけっこうユニークな少年映画になったのではないかと思っています。

 

石子:子どもたちも大人といっしょだということですね。

 

藤子:そうです。子どもというのは大人の予備軍という考え方じゃなくて、子どもは大人とは違った一個の確立した人格だという考え方でないとまずいと思うんですよ。そういうつもりでドラマを作ってるわけですから、これは少年たちのドラマなんだけど、同時に大人のドラマでもあるわけです。柏原兵三さんが『長い道』を書かれたのも、別に少年向けに書いたわけじゃない。柏原さんは自分としては政治小説として書いたとおっしゃってる。それは大人のやっている政治抗争とまったく同じ図式が学校のなかにあって、武が君臨していた権力構造がクーデターにあって、新しい専制君主に実権が移行するわけです。中国の権力闘争と同じような展開なんですね(笑)。(つづく)

 

以上、『シネ・フロント』第165号(シネフロント社)より引用。 

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