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私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

ドラえもんと久世光彦・「浪曲ドラえもん」

久世光彦 藤子不二雄 テレビ 書籍 批評・感想

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 テレビ『寺内貫太郎一家』(1974)などの演出を手がけ、エッセイ・小説などの文筆活動でも知られた故・久世光彦。久世がテレビや舞台などの演出業と執筆とを両輪とするようになったのは1990年前後のようで、書く仕事をしていると、やや飽き気味だったテレビの仕事にも意欲的に取り組むことができるようなったと述懐しているのだが(『久世光彦の世界 昭和の幻景』〈柏書房〉)、それ以前に久世が作詞の仕事をしていた時期があったことはあまり知られていない気がする。

 1980年ごろ、久世はテレビの演出・プロデュースを手がける一方で作詞家としても活躍。

 

私は〈小谷夏〉というペンネームで、歌謡曲の詞を書いていたことがある。もちろん売れない作詞家で、少し売れたのは天地真理の「ひとりじゃないの」くらいのものである。美川憲一に書いたのは「三面記事の女」という歌で、タイトルだけは評判がよかった」(『マイラストソング 最終章』〈文藝春秋〉) 

マイ・ラスト・ソング 最終章

マイ・ラスト・ソング 最終章

 

 本人は謙遜気味に回想しているけれども、1年で50曲も書いた年もあったというから、本業の作詞家並みの生産量である(加藤義彦『「時間ですよ」を作った男』〈双葉社〉)。エッセイや小説などに本格的に進出する、約10年前のことであった。その後、文筆業で忙しくなった1993年にも、香西かおりに「無言坂」の歌詞を提供し、香西は第35回レコード大賞を受賞(このときは市川睦月という名義だった)。

 

 その久世作詞の曲で、意外な変わり種が藤子・F・不二雄原作のアニメ『パーマン』(1983〜1985)のエンディング主題歌「パーマンはそこにいる」と『ドラえもん』(1979〜)の挿入歌「浪曲ドラえもん」。アニメソングの仕事は、おそらく2曲のみであろう。

 前者はエンディングに毎週流れていたので、ある程度知られている。一方、後者は『ドラえもん』の挿入歌だが、あまり劇中に使われた試しがない気がするので、知名度もそれほどでもないような感がある。

 筆者は久世の膨大なエッセイはかなり読んでいるほうだと思うのだけれども、この2曲に触れたものは記憶にない(当方が無知なだけで、どこかにあるのだろうか)。それゆえ、どうして久世にアニソンの仕事が入ったのかは定かではないが、藤子原作アニメには喜多條忠のようなアニメ畑でない作詞家も登板しているので、たまたま依頼があったという程度で特段の経緯もないのかもしれない。

 

 「パーマンはそこにいる」はウェルメイドな曲で、主人公・須羽ミツ夫が普段は冴えないが、実はスーパーヒーローであるというよくある秘密(?)を描いている。この曲の作曲・歌は、シュガーの「ウエディング・ベル」の作詞・作曲などで知られる古田喜昭なので、作詞も彼だと筆者はなんとなく勘違いしていたのだけれども、実は久世なのであった。

 印象的なのは、「自由に空を飛べるけど  からすの勘三郎じゃないよ」という唄い出しで、1983年という時代を勘案してもアニソンに「からすの勘三郎」は異色であろう。

 

 一方で「浪曲ドラえもん」はドラえもんの存在不安(!)を扱った、知る人ぞ知る怪曲である。

 「ぼくはしがないロボット」であり「そこでそこで悩むのさ  みんなと同じになりたいな」と唄われるのだが、ドラえもんが人間になりたいなどと『妖怪人間ベム』ばりの発言をしたことがあっただろうか。

 2番のサビは「ああ  さすらいのドラえもん」で、のび太の家に定住するドラえもんがさすらったことなんてあったか?とずれた歌詞に笑ってしまう(このサビは菊池俊輔によるメロディーも独特で、唄の大山のぶ代がこぶしをきかせると、何とも言い難いものに…)。

 博識の久世も、同時代に人気があった藤子アニメに関してはよく知らずに作詞したとおぼしい。

 

 幼いころに聴いた筆者は、他のドラえもんソングの中ではやや浮いた変な曲だなと感じるだけだったが、作詞が久世だと知るといろいろ思うところも多い。

 「笑って遊んで 日が暮れて  みんなおうちに 帰るころ  ぼくはなぜかひとりぼっち」という件りは、久世が度々言及した西条八十「お山の大将」の「あそびつかれて 散りゆけば お山の大将 月ひとつ あとから来るもの 夜ばかり」を連想させる(ドラえもんと言えば世話焼きロボットという印象だが、久世にはガキ大将のイメージだったのかもしれない)。

 また、先述の「さすらいのドラえもん」という部分には、久世が思い入れがあると表明していた小林旭「さすらい」を想起してしまう。

 歌詞として完成度が高いのは「パーマンはそこにいる」であろうが、久世の個性がにじみ出ているのは「浪曲ドラえもん」ではなかろうか。西条八十北原白秋を愛した久世が、おそらくそのふたりをどこかで意識しながら専門外のアニソンにチャレンジしたさまは、ちょっと微笑ましく思えるのである。

久世光彦の世界―昭和の幻景

久世光彦の世界―昭和の幻景