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三谷ならどうする?・『三谷幸喜 創作を語る』(1)

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 今年大ヒットした映画『清須会議』(2013)の原作・脚本・監督を務めてまた注目を集めた感のある三谷幸喜が、ロングインタビューで自らのキャリアを振り返ったのが『三谷幸喜 創作を語る』(講談社)である(聞き手:松野大介)。

 “はじめに”にて、三谷氏自身が「僕が、自分の仕事(と人生)を振り返るのは、これで二度目になります(…)16年ぶりの振り返りです」と述べているが、16年前のとは『NOW and THEN 三谷幸喜自身による全作品解説+51の質問』(角川書店)のことである。この本は後年に『仕事、三谷幸喜の』(角川文庫)として増補改訂されており、筆者は両バージョンとも持っている程度には三谷作品を好んでいるので、今回の『創作を語る』も面白く読むことができた。

 

 20代のころの舞台から脚本を手がけたテレビ、映画まで全作品を解説していた前著に対して、今回の『創作を語る』はテレビの代表作と近年の映画、2000年以降の舞台作品に絞って回想している。筆者は舞台の三谷作品はなかなか全部見られずにいるのだけれども、テレビと映画はほぼ見ているので、「ああ」みたいに得心がいくところが多い。また朝日新聞紙上の連載エッセイ『三谷幸喜のありふれた生活』(朝日新聞出版)では割と優等生的な物言いが目立つが、今回のインタビューはやや生々しいのも面白い。

 

 テレビ『古畑任三郎』シリーズ(1994~2006)や映画『THE 有頂天ホテル』(2006)、『清須会議』の大ヒットによって三谷幸喜と言えばコメディのヒットメーカーというイメージが一般には強いけれども、商業的には失敗した作品も結構ある。これらに触れた部分を読むと、三谷氏は「僕は振り返るのが苦手な人間」と述べているが、意外なほど冷静に自作を分析している。

 低視聴率であったテレビ『竜馬におまかせ!』(1996)と『総理と呼ばないで』(1997)は、事実見ていてつまらなかった(三谷氏は両作とも脚本のみを担当)。『竜馬におまかせ!』では、脚本家の三谷氏と現場とが齟齬をきたしていたらしい。『竜馬』は出演者ががちゃがちゃ騒いでいるだけで筋が平凡平坦であった記憶があるのだが、「(三谷氏がシナリオを)書いてるときに想定したテンポと、出来上がった作品とにテンポの違いが多々あった」のがその一因だという。氏が全体を計算して構築した台本が、演出家などに「長すぎる」と言われて、重要なシーンや台詞がカットされてしまう。

 

『竜馬…』に関しては、なんでこんなにチンタラしてるんだろうと思ってた。笑える台詞が抜かれて、ストーリーだけを追いかけてる仕上がりになってるんですよね。いい悪いは別にして、僕の計算と演出が合ってない

 

 一方、『総理と呼ばないで』はなぜこんなに退屈なのか、筆者はうまく説明できなかった。

 樋口尚文『テレビトラベラー 昭和・平成テレビドラマ批評大全』(国書刊行会)にて、『総理』は過去の三谷作品とは異なり「(舞台が総理官邸で)市井の人が主人公でなかったから」面白くない、「政界という設定がまだるっこしい」と評されているものの、それも何か違う印象があった。小林信彦は『総理』を「非テレビ的」で「不愉快」だと批判しているが(『コラムは誘う』〈新潮文庫〉)、どう「非テレビ的」なのかは明晰には言語化されていない。見巧者たちもうまく表現できないような、不可解な要素が『総理』にはあったということであろう。(つづく)

 

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三谷幸喜 創作を語る

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