私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

山田太一講演会 “今ここで生きているということ” レポート (2)

【詩の言葉 (2)】

 吉野弘さんは素晴らしい詩をたくさん書いていらっしゃいます。

日々を慰安が吹き荒れる

 慰安がさみしい心の人に吹く

 さみしい心の人が枯れる(…)

 慰安が笑いささやきうたうとき

 さみしい心の人が枯れる

 枯れる

 なやみが枯れる 

 ねがいが枯れる

 言葉が枯れる」(註:「慰安」はテレビ番組の意)

 自分の中に抱えている悩みや踏み込んだ美意識、淋しさに、テレビの慰安が吹き荒れて、紛らわしてしまう。心の中の淋しさ苦しさが人生にとって大切な悩みかもしれないのに、それが浅いところで紛らわされてしまうと言ってるんですね。ぼくもテレビを見ていると、考えなきゃいけないことがあるのに、時間が過ぎてしまう。天野忠さんは何も考えないのがいいっていう。でもただくたびれて帰ってきて、テレビ見るだけだと、何かもっと深い、そうじゃないものがほしいとも思うんじゃないかな。

 吉野さんがごらんになったテレビのことを書いてて、耳の聞こえない両親の下で育った、耳の聞こえる娘さんがいたんですね。娘さんが結婚していなくなるとき、燦々とした太陽の日はどんな音だって両親に訊かれるんですね。光に音はしませんね。でも耳の聞こえない人には、聞こえているのかもしれない…。

 

【言葉の意味】

 津波があってから、絆って言葉をよく使いますね。絆って言葉は、本当のそういう関係には合わないものがあるんだけど他にいい言葉がない。友だちもそうです。友だちって突きつめると友だちかな?って関係もあるかもしれないんだけど。

 言葉って、使うと本当の意味から少しずつずれていく。

 ポルトガルの詩人のフェルナンド・ペソワが、「死は長い眠りにつくっていうけれど、死と眠りは違うだろう」というようなことを言っています。死と言うと身もふたもないから、少しずれていると知っていても、みなそんな言葉を使う。美空ひばりの唄う「川の流れ」も、人生と川の流れは違いますね。でも聞くとちょっといい気持ちになる。

 みんな本当の言葉から逃げまくって、ちょっと違ったところで言葉を使っているんじゃないかな。恋って本当に恋かな。愛って本当に愛かな。でもみんなで、共同で嘘をついているんじゃないかな。

 勇気をもらいましたっていっても、どうして野球選手が強いからって勇気がもらえるんだよって思うけど(一同笑)、そんな気もする。現実だけでぼくたちは生きていけないんですね。

 

 生の言葉を使うことを怖がってる。でも本当の言葉って何だろう。多くの言葉は、実は嘘じゃないかなって。

 杉山平一さんの詩に、「繰返す」っていうのがあるんです。先日、自分はある用事で道に迷ってガソリンスタンドに行き当たる。3年前に来たときもここで道に迷ったなと、思い出すというんです。限界があるんですね。

 この詩にフェルナンド・ペソワと符合するものを感じてまして、これは朝日新聞で話してしまったことですけど、ペソワは、どんな旅をしてもそこでその人の器量以上のものは手に入らないと言っています。あなたの旅は、あなた自身を見に行くものだと。経験の少ない若い人はいいかも判らないけど、中年になると自分が出来あがってて、結局自分を見ていると。これはひとつの真理であると思いますですね。

 

 ぼくは本から離れようと思っても、本抜きでは生きられないというかな。

 何年か前に吉野弘さんの詩をテレビドラマで引用して、山崎努さんに台詞として言ってもらったんですけど(『キルトの家』)。

 会社で定年の人の前であいさつをしてるんですね。これが決まり文句で、意味が近いけど違う。礼状を受ける人は、また決まり文句で。そこである男が青ざめて立ち上がって、「諸君、魂の話をしよう」って言って倒れちゃう(笑)。

 結局ごまかして生きていて、本当のところに近づいていない。みんな魂の話をしていないじゃないかって。現実感覚だけではいけない、もっと深いものがあるのに、それに近い言葉で切り抜けてテレビ見て寝ちゃうっていうとき、魂の話って言われると虚をつかれる。それじゃ魂の話って何だ?って言われると、突きつめるとよく判らないんですが。でもそういう話題すらいまの時代はなくなっている。使い古した言葉を使って切り抜けても、やっていける時代ですね。

キルトの家 [DVD]

キルトの家 [DVD]

 

【生きるかなしみ (1)】

 戦時中とか戦後の食べものがないという時代とは、いまは全然違います。いまの日本が地獄とか、生きるに値しないと言ってる人は何だと思いますね。いまは極楽です。これからは判らないけど。変な政治家が秘密を守っちゃえって言ってるのはおかしいし、ぼくは異を唱えてますけど。

 ぼくの若いころは、ほんとに食べものがなかったんですよ。地方に疎開しても、親戚も誰もいないからお米もないし、自分でさがすしかない。あのころの食べものの苦労は、ほんとにきつかったですね。栄養失調ですぐできものができたり。いまは何だって食べられる。

 ぼくはグルメってだめです。山田洋次さんから聞いたんですが、渥美清さんが「おいしいものがあったら飛行機で食べに行くってかなしいね」っておっしゃっていたそうです。

 小泉八雲ラフカディオ・ハーンのところへ学生が遊びに来た話があるんです。それで出雲の高いお菓子を出したら、小豆沢っていう青年が「結構です」と言って手を出さなかった。家族が多いから、舌が肥えてしまうのが怖いって。お菓子2、3個で言いすぎだけど、もしかしたら外国人のところへ行ってぱくぱく食べるのが恥ずかしかったのかもしれません。

 いまはおいしいものへの恥じらいがない。きょうもニュースで見ましたけど、河豚は養殖とどっちがおいしいとか、くだらないなって(一同笑)。(つづく)

月日の残像

月日の残像