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山田太一講演会 “今ここで生きているということ” レポート (1)

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 12月4日、溝の口駅近くの高津市民館大ホールにて行われた、脚本家・山田太一先生の講演会(川崎市立図書館の読書普及講演会)に行ってきた。

 山田先生は溝の口がご自宅の最寄り駅なので、ここで講演されるのも初めてではないそうである。この近くの文教堂書店溝の口本店にも、ときどき行かれるのだとか。

 山田先生の最新エッセイ『月日の残像』(新潮社)が今月発売される。そして来年の新作ドラマも、もう完成して待機中とのことである。

 壇上の先生はお元気そうではあったが、以前の講演やシンポジウムに比べてお疲れの色も濃く、少々心配になった(以下のレポはメモと怪しい記憶頼りですので、実際と異なる言い回しや、整理してしまっている部分もございます。ご了承ください)。

 

【撮影所時代の想い出】

 高校のころから大学くらいまでいろんなことがうちであったりして、現実が厭で本や映画、友だちに逃げ込んでいて、生々しい社会と接触がなかったですね。

 松竹に入社しまして、強烈な想い出のひとつが大阪のロケーションですね。線路が撮影現場で、貨物列車が通らない夜のロケーションで、カメラの後ろにはぎっしり見物の人がいまして。娯楽がなかった時代なので、人びとの関心が高くて。その辺りは下町だったんですが、あと10分で貨物が来る。下っ端だったので「みなさん、あと10分で貨物が来ます!」って大声で言っても、声が届かない。あと5分ですって叫んでたら、土地の怖いお兄さんが3人くらい来て、「お前よそから来て何言ってる。ぶっ殺すぞ!」って。土手を降りて逃げても、追っかけてくる。路地を抜けて逃げても、どしどし追っかけてくる。土地勘もないんでほんとに怖かった。それで汽車ががががと来て、撮影が終わるまで手伝いもしないで逃げ回ってて(一同笑)。戻ったら、「お前何やってたんだ」って。後で訊いたら、「土地の人は、みんな汽車の時間は知ってるんだ。お前が東京弁で言うから、土地の人の癇に障るんだ」って言われて。本ばかり読んでると、そういう勘が鈍る(笑)。結局おれは何も知らないんじゃないかなって。

 

 撮影所って、いろいろなキャリアの人がいる。大道具さんからライトマンまで。俳優さんは学歴なんて関係ないし、半分やくざみたいな人たちもいれば、東大出の人たちもいましたし。いろんな人と、どしゃぶりみたいにつき合うようになったんですね。

 

 照明部の人と下っ端同士で仲良くなって、飯食いに来いって言われたんですね。厭だっていうのも悪いと思って行ったら新婚で、そのご夫婦が仲良くってすごくよかった。下っ端だっていう意識もなく誇り高い。照明の話しかしないのね。ちっとも卑屈になってなくて、ぼくは仲のいい家族と暮らしてなかったせいもあるけど、質実さと真面目さと愛し合ってるのを隠さない。ああまいったな、すごい人がいるって思って。(奥さんが)家計簿を丁寧につけていたので、それを何十年か後にお借りしてある本に載せたことがあるんですが、その後もつき合って、その人は亡くなってしまいましたけど。

 

 海女が潜ってる村へ撮影に、ひと月くらい行ってて、海女が潜ると下にカメラがあって撮る。俳優さんは千葉の海で撮ってて、自分たちはスタンドインというか海女さんを撮る。海女さんはみんな明るくて、大学でグダグダ言ってるようなひねくれた感じがない。魚のエイに襲われるシーンを撮ってて、ゴムのエイが松竹から送られてきて(一同笑)、溺れる女の人も人形で、ぼくはそれをまかされたんだけどぷかぷか浮いちゃって沈まない。だんだん暗くなってきたけど沈まない。最後は穴をあけて沈めたんだけど、何だか女の人を刺してるみたいで(笑)、海女の人たちがみんな来てからかわれて。焚き火をして手伝ってくれたり、何て親切な人たちだろうと感動しました。いま思えば憂さ晴らしだったかもわからないけど。

 

 五反田の駅のホームにカメラを置いて、電車が入って来る、でも会いたい人が来ないというシーンでした。テストをやると、みんなカメラを見ちゃう。ぼくに、隣の大崎広小路で乗って五反田で降りる人はみんなカメラを見ないように言えっていうんです(笑)。それで電車に乗って、もう会社辞めようって思いながら、「映画の松竹ですけど、みなさんどうかカメラを見ないで」って車両を回って言いました。車両は2両くらいですけど(笑)。みんな何も文句言わないんです。で、五反田に着いたら、誰もカメラを見ないでくれたんです。自分はおたくみたいな人で、当時はそんな言葉はなかったですけど、松竹だって言ったらそれだけの力が付与されてしまうんだ。人っておそろしいなって思いましたね。

 

【詩の言葉 (1)】

 本ばかり読んでいたから(以前は)本から抜け出したいと思っていたんですね。

 天野忠さんという詩人の方で、

「生まれつき私はものごとを深く考えることがない

 そのために長生きしている」

 という詩があります。そういう人の素敵さっていうかな。ぼくたちは複雑なことを考える習慣がありますけど、感動しました。人間って面倒だけど、考えなきゃいいんだって。もちろん天野さんはそういう方ではないですけど。

「古池や 蛙飛び込む 水の音」

 これは主義や主張もないですね。何も考えてない。水に飛び込んで、後は何もない。でも、ある詩を感じますね。こういうのっていいなって思います。

 また天野忠さんの詩で、夕方、公園の橋の上を幼い男の子と女の子が手をつないで歩いている、というようなのがあります。テレビの『はじめてのおつかい』みたいに。かわいいですね。それでいいというか、そういう何でもないことを手放してはいけないんじゃないかな。(つづく)

 

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