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私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

山田洋次監督 トークショー レポート・『二階の他人』(2)

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【『二階の他人』制作の経緯 (2)

 『二階の他人』(1961)のスタッフはみなベテランであったという。

 

「同世代のスタッフとやりたいんだけど、会社は許さない。新人監督に新人キャメラマンでは、あぶなっかしい。それでキャメラも技術もベテランの人で、助監督ですらぼくの先輩です。みんな、洋ちゃん洋ちゃんって言うんで、“洋ちゃん、こうしなさいよ”って(笑)。(撮影現場で)ふと気づくと、みんながぼくの顔を見てる。するとキャメラマンが助けてくれて、ああ、こうすればいいかって。

 みんなの言うことを聞いて撮ったんだけど、20年くらい前にビデオになったときに見てみたら、画面のどこかにぼくがいる感じがあって、それが強烈でしたね」

 

 俳優陣は、後年の山田洋次作品とは異なる面々である。

 

「(主役の)小坂(一也)くんはすでにロカビリーのスターだったけど、新妻の葵京子さんは新人で、京都で(見かけて)かわいいなって印象に残ってたんで、思い切って(ヒロイン役は)葵さんでって言いました。

 俳優の指導が、監督としてはいちばんしんどい。助監督をしていたときには、監督を批評したり悪口言ったりしてたんだけど、(監督になって)撮影が近づくと夜も眠れないくらいドキドキしたもんですね」

 

【『二階の他人』と自らの個性 (1)

 映画に自身の姿が写っているという発言は、どのような意味なのだろうか。

 

「俳優の芝居を見ていると、それは違うんじゃないか、もっと違う動きはないか。それでだんだんぼくの納得できる形になっていった。ああしろ、こうしろと言ったことはない。そうじゃない、こうでもないと言ってるうちにぼくの映画になっていく。

 どこが自分かって、うまく言えない。何となく、スクリーンの後ろに(自分の)姿が写っているというか。俳優の仕草やキャメラアングル、それぞれにぼくの思いが出てる。あそこがおれだ、みたいなのじゃなくて、何となく味がするんですね」

 

 『二階の他人』の導入部は、雨降りの夕どき、妻が傘を持って最寄り駅に夫を迎えに来るシーンで始まる。ここには、山田洋次監督ご自身の記憶が投影されているという。

 

「映画の出だしをどうするか。ファーストカットは、いちばん大事な問題ですね。どんなふうに始まってどう終わるか。こんな始まり方の映画をつくりたい、こんなラストの映画をつくりたいと思うことすらある。

 (舞台となった)あのへんは造成中で、(雨が降ると)道がどろどろで長靴じゃないと歩けない。(当時は)傘も簡単に手に入らないから、長靴と傘を持って行ってあげなきゃいけない。あそこ(導入部)で、あとあと出てくる部長(須賀不二男)も出せて、紹介できる。

 ぼくが少年時代を過ごしたのは戦前ですが、おやじは残業もないし、電話もないから、だいたいの(帰る)時刻を奥さんが判ってる。5時半ごろ、ぼくはおふくろに命じられて郊外の駅へおやじを迎えに行く。同じように友達も(自分の父親を)迎えに来ていて、みんなで待っていると、親父が難しい顔で帰って来る」 

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  原作小説では主人公が置き引きの被害にあって借金しなければならなくなるのだが、映画では家を増築するための借金という設定に改変されている。また、母親(高橋とよ)の面倒を兄弟(小坂一也、野々浩介、穂積隆信)の誰が見るかで揉める件りは、原作にはないらしい。

 

「実際に家族の中でいろいろあったし、地方から出てきて東京で生活するとなると親をどうするか、そういう問題がこれから始まるなという思いがありましたね。あの小坂くんの世代には、いまは孫がいますね」(つづく) 

あの頃映画 「二階の他人」 [DVD]

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