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私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

原恵一監督 × 末吉裕一郎 × 中村隆 トークショー レポート・『河童のクゥと夏休み』(1)

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 2007年に公開されたアニメーション映画『河童のクゥと夏休み』は、河童の子ども・クゥと平凡な少年とその家族の交流を描いて、内外の高い評価を受けた。この作品は、『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲』(2001)や『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶアッパレ!戦国大合戦』(2002)などで知られる原恵一監督の5年ぶりの新作ということで公開前から注目が集まっていたが、その期待に違わぬ完成度の高さだったのである。個人的にはストレートな感動アニメに思えて、メインの家族の裏の顔(というと大げさだが)やいじめっ子、友人の家庭不和など毒をまぶすように辛辣なシーンが入ってくるのが、たまらない。

 原恵一監督が知られるようになったのは、やはり『オトナ帝国の逆襲』『戦国大合戦』がきっかけと思われるけれども、『クレヨンしんちゃん』に携わる前の1980年代にテレビ『ドラえもん』(1984?~)、『エスパー魔美』(1987)、『21エモン』(1991)など藤子・F・不二雄作品の演出を多数手がけていて、筆者にはそちらの仕事も印象深い。特に『ドラえもん』の「地球下車マシン」「強いイシ」などは、近作の『河童のクゥ』や『カラフル』(2010)の渋い演出とは対照的に派手な娯楽編で、幼い頃に繰り返し見た。20年以上見直していないので詳しくは覚えていないけれども、『21エモン』も似たような悪乗りが目立って愉しかった記憶がある(当時は監督についてなど、全く気にも留めなかったが)。

 原監督は、藤子アニメや『クレヨンしんちゃん』の制作会社であるシンエイ動画の社員演出家であったが、『河童のクゥと夏休み』完成後の2007年に退社。映画監督の木下惠介の生誕100周年に当たる今年、木下監督を主人公にした初の実写映画『はじまりのみち』(2013)を発表した。

 

 『河童のクゥ』公開から6年後の今年7月、川崎市内にて原恵一監督、キャラクターデザイン・作画監督の末吉裕一郎さん、美術の中村隆さんを招いたトークショーが行われた。飛び入りで『クレヨンしんちゃん』のテレビシリーズの監督を務めるムトウユージさんも参加(当初の予定では原・末広両氏のみで中村、ムトウ両氏は一般参加したらしい)。

 ムトウ氏のトークはとても面白かったのだが、字数の関係上、『河童のクゥ』に携わったお三方の発言を中心にレポしたい(以下のレポはメモと怪しい記憶頼りですので、実際と異なる言い回しや、整理してしまっている部分もございます。ご了承ください)。

 

【中村隆氏と背景美術 (1)】

 原監督は、木暮正夫『かっぱ大さわぎ』(旺文社)と『かっぱびっくり旅』(同)の映画化を、1980年代から構想していた。20年もの間に、企画を練りながら、中村氏、末吉氏などのスタッフに刮目していたようである。

 

 中村隆さんの作品歴の中では、『チンプイ エリさま活動大写真』(1990)、『のび太の結婚前夜』(1999)、『グスコーブドリの伝記』(2012)など筆者が過去に見た作品がいくつもあり、「おお」と思った(笑)。中村氏は訥々とした話し方が印象的だった。

 

「(『クレヨンしんちゃん 雲国斎の野望』〈1995〉)の時代劇パートのいろいろな時間帯(の背景)を描いてもらったのを見て、いままでのシンエイ動画の作品にないリアリティで、そのときから『河童のクゥ』の映画化のときにはやってもらおうと狙ってた(笑)」

中村「(自分は)主に背景を描いて、キャラクターは描いていません」

「夏が主な季節だったので、いちばん暑い日射しの感じが欲しくて、試行錯誤してもらいました」

中村「原さんに言われたのは、暑さ。もっと暑くしてくれと。東京の夏なんで、息苦しさ、もわっとした感じ。コントラストをつけたり、あと照り返しですね。これから(日中)暑くなりそうな朝の光にしてくれとか(一同笑)」

「色指定の野中幸子さんもがんばってくれた」

 

 中村氏と原監督は、『カラフル』などでも組んでいる。

 

「『カラフル』のときは大変で、マジックアワーの刻々と変化するさまを表現してくれと。カットが変わるごとに色調が変わっていくとか」(つづく) 

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