私の中の見えない炎

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山田太一講演会 “テレビドラマと私” レポート (1)

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 シナリオライター山田太一先生は、キャリア40年以上の巨匠である。2013年はテレビ放送60周年になるが、その歴史の中で数多くの秀作を残してきた山田先生が、ご自身の仕事を振り返る講演会が322日にあった。

 “テレビドラマと私”と銘打たれていたが、NHK放送博物館での講演なので、ご自身のNHKでの作品について話されるという内容となった(メモと怪しい記憶頼りですので、実際と異なる言い回しや、整理してしまっている部分もございます。ご了承ください)。

 

【『藍より青く』の想い出】

 昭和33年に大学を卒業して、松竹大船の助監督試験を受けて入りました。木下惠介さんの組につきまして、終わりの頃は木下さんの組の専任のようで。だんだん映画が傾いてきて、思うように撮れない。そこへテレビからつくらないかという誘いがあって、木下さんもテレビをやってみようと決心なさって、私がかばん持ちでつきました。そのうち「君も(会社を)止すか」と言われて、木下さんがいなくなった松竹大船は淋しいから。30歳でした。

 

 連続ドラマを11作書いて、15分の朝のドラマを156回分書いたり、映画を2本書いたり、プロになったかなという時期にNHKから声をかけてもらって、朝のドラマをやらないかと。あなた以外に、他にふたり(のシナリオライター)に声をかけていると言われて、シノプシスを書きました(『藍より青く』〈197173〉)。

 戦争で夫を亡くした女の人が、子どもとふたりでどう生きていくかという話を書きたいと。(東京)オリンピックもあって、戦争は遠くなっていたけど、傷はなくなっていないと。戦後26年たって、みな戦後でいっぱいで、戦争を忘れすぎていないか、と。

 そんな分厚いシノプシスを二晩くらいで書いて。後で思うと、他にふたりに声かけたっていうのは嘘じゃないか(一同笑)、ぼくを慌てさせようって思ったんじゃないかな(笑)。 

 最後は、南の島で(夫が)死んだって聞いて洞窟で骨を集めるシーンで、主人公が泣きながら骨を寄せ集めるところをクライマックスにしようと。20代で、木下さんのお供でサイパンへ行ったことがあったんです。そこでガイドの人に、何ドルか出すと誰も知らない洞窟へ連れて行ってやると言われて、木下さんが「行ってみよう」と、チップを払って。行くと、洞窟に骨が散乱していて…。木下さんと、「少しでも端に寄せておこうか」と言ったんですが、そのシーンを絶対に書こうと思った。日本人は忘れているけど、こんなに骨散らばっていますよ、と。南の島に注目してほしいと思ったんです。そうしたら、19722月に、グアム島から横井庄一さんが帰っていらっしゃって、日本中がみるみる南の島へ注目。横井さんにとられちゃったなって(一同笑)。テレビというのは、時代といっしょに動いてると感じましたですね。

 骨を拾うシーンですが、若い人は拾うときに泣かないという。自分のお父さんの骨じゃないだろ、泣くっていうのはセンチメンタルだろって。泣かないかもわからないけど、泣くべきだろって言って泣いてもらって。たくさんの人が死んだのに、オリンピックで元気になって、戦争というものが薄らいでいく。今の津波もそうですね、人間の性(さが)です。

藍より青く〈上〉戦後ニッポンを読む

藍より青く〈上〉戦後ニッポンを読む

 

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【『男たちの旅路』と鶴田浩二(1)】

 土曜ドラマで作家の名前をかぶせたシリーズをやるから、松本清張さんとか平岩弓枝さんとかに混じって、若いライターを入れるということになった。(原作を)脚色すると原作者の名前が出て、オリジナルで書いてもライターの名前が出ることなんてなかったから(異例だった)。

 

 当時鶴田浩二さんとNHKがうまくいってなくて、鶴田さんの「傷だらけの人生」を(やくざ賛美の内容ということで)以前は放送禁止の歌にしていたので、鶴田さんはずっと怒っていて、鶴田さんを主役にすれば何をしてもいいという依頼で(一同笑)。

 あの頃はまだガードマンが一般的じゃなくて、『ザ・ガードマン』(1965~71)は架空で現実を反映したものじゃないですから、NHKに出入りするガードマン三社くらいに取材して。

 ぼくはまだしつこく戦争のことを思ってたんですが、鶴田さんのお宅へ伺ったときに、ぼくが口をきく暇がないくらい、特攻隊の話をなさった。こんなに戦争を忘れない人がいるのかって感動してね。同世代の人が死んだってことを忘れないために戦後の幸せを享受しない人を主人公にして、その人から見た現代を描こう。そこで若い側の水谷豊さんたちと対話というか、言い合いをして戦わせるという(『男たちの旅路1976~82)。

 

 ぼくはテーマ主義ではないんですが、『男たちの旅路』では老人、自殺、身障者と、毎回テーマに設定して、ある解決をつけるということで書いた。鶴田さんの世代は生きたくても生きられない特攻隊の人がいたのに、平和な時代のやつは自殺する資格なんかないと、水谷さんの側を挑発するんですが、鶴田さんに説得力があって、だんだん鶴田さんが何か言うドラマになってしまって。

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 身障者の雑誌に出たことがあって、その取材をした喫茶店から駅まで車いすを押させてもらえるって頼んだんだけど、当時は段差がたくさんあって、押し方が下手だと怒られた(笑)。ドラマでは、最後に鶴田さんが「きみたち前に出なきゃだめだ」って言うふうにすると、見ている人が入りやすいだろうと(『男たちの旅路/車輪の一歩』1979)。このドラマの後では(階段で車いすの身障者の人が頼むと)みんなが(車いすを)上げてくれたということが少しあったそうです(笑)。

 いまは身障者に対する社会の態度が変わりましたですね。テクノロジーが発達すると、外へ向かう努力がいらない。すると心の襞がなくなって、のっぺらぼうになってくるところがある。便利になったらいいじゃないかと言われると、反論しにくい。ある哲学者が、世間は何かした人を表彰する、でも何もしなかった人をすればいいと言ったんですね。能力はあるけど何もしない、あえて原爆をつくらないとか、何らかの納得する形でできたら素敵だなと。難しいけど、何もしない人がかっこいいってドラマを書けたらいいですね。(つづく)

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