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相米慎二監督 インタビュー(1994)・『お引越し』

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 1993年に発表された、故・相米慎二監督の映画『お引越し』は、両親(桜田淳子中井貴一)を前に揺れる小学生女子(田畑智子)の心情と変容を描いて、公開直後からその年のベストワンと言われる評判であったという。筆者は、この度の特集上映“甦る相米慎二 にて、『お引越し』を178年ぶりに見直したが、やはりビデオとは異なり、感銘は圧倒的であった。

 1980年代に精力的に作品を発表した相米監督は、80年代を代表する作り手のひとりであったのだが、90年代になるとかつてのようにコンスタントに作品を撮れなくなっていた。詳しい事情は判らないのだけれども、1987年の『光る女』の興行的失敗が痛手であったらしい。

 1990年代に入って撮った『お引越し』では、かつての相米らしい個性(長回しやシュールな演出など)が幅を利かせつつも、往年の『台風クラブ』(1985)や『ションベンライダー』(1983)などに比べて、あくを抑えたつくりになっているように感じられた。ただ、だからといって完成度が低いということではなく、1990年代の映画を代表する傑作のひとつであると思われる。

 『お引越し』により、キネマ旬報読者選出監督賞を受賞した相米監督のインタビューを全文引用する(『キネマ旬報19942月下旬号)  

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 読者選出日本映画監督賞  相米慎二(インタヴュアー:八森稔)

 

 読者選出の日本映画監督賞に選ばれて、相米慎二監督は少々とまどいの表情である。

 

「これまでそんなに大勢の人に好かれたという記憶がないので、不思議な感じがしてます。読者が選んでくれたということですが、それは多分『お引越し』の映画の成りたちがちょっと特殊だから、そのせいで映画が好かれたということで、オレはあまり関係ないんじゃないかなって気もします。『お引越し』は、大阪の読売テレビをはじめ関西の人たちがお金を集めて“好きな映画を好きなように作ってください”ってことでスタートした映画だったんです。映画の環境にはいない人たちが、作る場を提供してくれて、今までとは違う空気を作ってくれた。みんなとてもいい人だし彼らだけは裏切れないという気持が強くあって、そのことが自分というものをあまり強く出さずに、と言うか自分の殺し方をそこそこにうまくいかせてあの映画になったという感じがあるんです。だから映画が支持されたのは、映画の成り立ちにあると思ってます。賞をもらうのはうれしいし、素直にありがとうございます、ですけど」

 

 『お引越し』の舞台は京都。相米監督にとっては初めての関西もので撮影はオールロケで行われた。

 

「関西には行ってみたかった。これまで北の方が多かったけど、違う空気の中で自分がどういう風に変っていけるか、ボチボチやっておかなければという気持があった。結果的によかったと思ってます。自分のことは別として作品にとっても。関西の風土との距離感が作品にやわらかさをもたらしたし、あの物語を東京でやったらもっときつい話になってたんじゃないかな」

 

 両親が離婚した少女の成長を描いた作品。少女をオーディションで選ばれた田畑智子が演じて新人女優賞を受賞している。相米作品で新人賞受賞者はこれで4人目。

 

「オレがにぶいから、子供たちが子供たちであることを自分で発見していかなくちゃあいけない。自分をつかまえて、演ずるのではなくありのままの自分をその場に出してくるから光るんじゃないかな。他の人は頭がいいから、新人を使ってももっと早く映画を作ることの方にむかうのかも知れないけど、オレは時間がかかってもそうしないと子供との会話のしかたがわからないから」

 

 因みに新作『夏の庭』も関西が舞台で主役は三人の子供。

 

「『お引越し』と同じ形でもう一本ということでやったけど、次は大人のものをやらなくちゃあね。なんでやらせてくれないのかな大人のものを」

 

 『お引越し』は読売テレビが協賛スポンサーを募るという方式で制作された。インタビュー冒頭で言われているのは、そういう事情についてである。

 このインタビュー記事は、2011年に刊行された『シネアスト 相米慎二』(キネマ旬報社)に抄録された。『シネアスト』では、最後の「なんでやらせてくれないのかな大人のものを」というひとことがカットされている。

 「自分というものをあまり強く出さずに」つくったというコメントもあるが、この件りについて思い出されるのが、脚本家・映画監督の荒井晴彦の発言である。荒井が監督・脚本を務めて、自身と同じ全共闘世代を描いた『身も心も』(1997)について、「(相米は)撮るヤツと撮るモノの間が近すぎる、距離がなさすぎる、だから客と距離ができるんだと俺の『身も心も』を批評した」と荒井は回想する。「相米は、撮りたいものは撮ってはいけないと禁欲していたのかもしれない」とも述べている(荒井晴彦『争議あり』〈青土社〉)。 

争議あり―脚本家・荒井晴彦全映画論集

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 相米のキャリアでは中高生くらいの年齢の新人俳優や子役から見事な演技を引き出した作品が多いゆえ、そういう若手メインでつくりたいという志向がご当人にあるのかとつい思ってしまうのだけれども、『魚影の群れ』(1983)、『ラブホテル』(1985)、『あ、春』(1998)など大人の作品でも優れた達成を見せている。

 彼がもっと長生きしていれば、大人を主人公にした作品をさらに見せてくれた可能性もあったわけだが…。

 

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シネアスト 相米慎二

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