私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

藤子不二雄A トークショー レポート・『まんが道』『愛…しりそめし頃に…』(2)

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石ノ森章太郎のお姉さん】

 トキワ荘の住人であった石ノ森章太郎は早世した姉を慕っていて、石ノ森のエッセイ『章説 トキワ荘の春』(清流出版)にも姉のことが書かれている。『愛…しりそめし頃に…』(小学館)にも姉上は登場する。 

 

藤子A「ある日、石森くんのお姉さんがトキワ荘に来るって聞いて、まあ石森くんはジャガイモみたいな顔だから(一同笑)。あんまり期待してなかったんだけど、藤本(藤子・F・不二雄)が台所へ行けって言う。行ってみたらお下げ髪の清楚な女性がお湯を沸かしてた。すごい美人だとみんなで話してたら、石森くんが姉だよって彼女を連れて挨拶に来て、まあ似ても似つかない(一同笑)」 

藤子A「彼女はよくぼくの部屋に来て本を借りていった。弟のことを心配していたんで、彼は大丈夫ですよという話をしました。でも結核で2か月後に帰らなきゃいけないんで、そのときはこの上野駅に見送りに来ましたよ。お別れのとき、戌年のぼくに犬のぬいぐるみをくれたんです」 

司会「『愛…しり』に、みんなで行った旅行先でお姉さんに手を握られる話がありましたが?…」 

藤子A「ああ。あれはね、ちょっと他の女性との話を混ぜてつくったの(一同笑)」 

 

 『愛…しり』第2集のクライマックスとも思える印象的なシーンだが、フィクションだったらしい。ガーン。『まんが道』『愛…しり』は、A先生が「70%は事実」というようなことを言っているのでつい実話かと思ってしまうのだが、このように創作もかなり入っている。最新の11集では、『怪物くん』の発表などかなり後年の出来事も、トキワ荘時代に起こったことになっている(!)。  

【「負けてたまるか 松平康隆」】

 『愛…しり…』には毎回付録として過去の漫画やA先生が保存していた手紙などが収録されている。今回の第11集では1972年に発表された実録ものの短編「負けてたまるか 松平康隆」が読める。A先生の代表作のひとつ『少年時代』(中央公論社)を連想するような、硬質な絵のタッチ。 

 

藤子A「これはマネージャーが見つけてきてくれた。どこに載ったかは全然覚えてない(笑)。あ、「小説現代」? このころはいろいろ頼まれて、いろいろなところに描いてたからね。松平さんは(『愛…しり…』に)載せるのを許可してくれて、その直後に亡くなられたんで会えなかったんですよ」 

 

 松平康隆氏は、昨2011年12月31日に亡くなられた。図らずも追悼の形になったようである。

 

藤子A「ドキュメンタリーに興味があって『毛沢東伝』(実業之日本社)も描いたりね。漫画家は一度ヒットすると、だいたいずっと同じものを描く。それでも30代くらいから子ども漫画がつらくなってきて、ドキュメンタリーとか実験的なものを描いた。それで『笑ウせぇるすまん』に行くんだけど、その話するとまた1時間くらいかかるから(笑)」 

 

 ヒット作のひとつである『笑ウせぇるすまん』は、A先生の中でも、子ども向けでない路線の集大成的な位置づけなのかもしれない。  

【最近の漫画】

藤子A「いまの漫画は(題材が)広範囲だし個性が強いので、なかなかひとことで言えない。ぼくらの時代に比べて、大変な進化をしたと思う」 

 

 A先生はパーティが大好きで、近作のコミックエッセイ『PARマンの情熱的な日々』(集英社)などを読むと頻繁にパーティへ行った話が出てくる。 

 

藤子A「そういえば、最近新人賞のパーティへ行ったけど300人くらい人がいるのに5、6人くらいしか知り合いがいない。審査員の漫画家5人もひとりも知らない(笑)。5人とも四十いくつのベテランの人なんだけどね。最近読んだ漫画、あれなんだっけ」 

司会「『○○○○○』ですか」 

藤子A「そう『○○○○○』。○○がひたすら行くって話で、読んだけどわけがわからない(一同笑)。あれはフランケンシュタインみたいなものなのかな。まあおもしろいんだけど、ねぇ(笑)…。パーティで作者の人に会ったときに「あなたの漫画はすごい! よくわからなかったけど」って言った(一同笑)」 

司会ツイッターに書かないでください!」 

藤子A「だから新人賞の審査は全部降りたんです。老人には解釈できない。ぼくは嬉しいですよ、漫画のバリエーションが広がったってことでしょう。こういう老人にはわからないほうがいい」 

司会「ああ、たしかに」 

藤子A「たしかにって何だ(一同笑)」 

 

 藤子A先生は全編に渡って笑いを取っていて、さすがであった。A先生にサインしていただくのは、個人的には9年ぶり。先生はひとりひとりに「こんにちは!」と声をかけ、宛名も書いて握手するという、巨匠とは思えないサービスぶり。堪能いたしました。