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私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

七瀬のおもひで・筒井康隆『家族八景』『七瀬ふたたび』(1)

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 何気なくネットのニュースを読んでいたら、筒井康隆家族八景』(新潮文庫)が、『家族八景 Nanase,Telepathy Girls’Ballad』と題して2012年1月からテレビ化されるとあって、ちょっとびっくりした。というのも、この作品は『七瀬ふたたび』『エディプスの恋人』(新潮文庫)と合わせて三部作なのであるが、『ふたたび』がしつこいぐらい繰りかえし映像化されてきたのに対して、『家族八景』と『エディプス』は映画やテレビになるなどという話を聞かなかったからである。 

  筒井康隆は、いかにも気難しそうな風貌である割りに自作の映像化に鷹揚な人で、何度となく映画やテレビになった『時をかける少女』(同)はほとんど縦横無尽に改変された内容になっていた。よく知られている原田知世主演 × 大林宣彦監督版(1983)やアニメ版(2006)は見事な出来映えだったからいいようなものの、角川春樹(!)監督版(1997)など頭を抱えたくなるようなありさまで、原作者としてはこんなのでいいのかという気がするのだが、その一方で『家族八景』があまり映画やテレビになっていないということは、きっと『時かけ』などと違ってこの作品には特別な愛着があって許諾したくないのではないか…などと想像していた。余談だが、故・木下順二は代表作『夕鶴』に映像化の申し込みが寄せられても、「この作品は手元に置いておきたい」という理由で決して許さなかったという(『市川崑の映画たち』〈ワイズ出版〉)。

 だが、こうして深夜ドラマ化がアナウンスされているということは、ただ単にオファーがなかっただけともとれる。実際のところは、果たして…(P.S. 後でわかったが、1979年と1986年にテレビ化されていた)。 

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 とまれ、そんなニュースのおかげでかつて“七瀬三部作”を面白く読んだ記憶をなつかしく思い出すことができた。この機会に、特異な三部作を簡単に振り返ってみよう。 

 『家族八景』において、人の心を読めるテレパスの七瀬は、まだ18歳。高校を卒業してから家政婦としてさまざまな家庭を転々としていて、それぞれの家庭に秘められた地獄図を目の当たりにする。取りあげられる八つの家庭は、明らかに異常な家族もあるにはあるが、半分以上は一見平穏そうな普通の家庭である。だが、そこにテレパスである主人公が介在することで、構成員が抱える恐れや憎しみ、奢りといった感情や狂気が明らかになっていく。 

 冒頭の一編「無風地帯」の一節に、 印象的な件りがある。

 

今まで、家族たちの見せかけの団欒は叡子のおしゃべりによって成立していたのではなかったのだ。七瀬はやっとそのことに気がついた。一種のバック・グラウンド・ミュージックとして流れるテレビの雑音によって、あやうく支えられていたのである。テレビが消されると、家族の上には息苦しい沈黙が襲い、もう、寝る以外にはない。何もない

 

 平和な家庭はひと皮剥けば負の感情が渦巻く魑魅魍魎の世界であった。この作品が発表された1971年は、テレビ『ありがとう』(1970)などがヒットしていたころであり、家族は揉めることがあっても結局仲がいいという予定調和が支配的であった。脚本家の山田太一市川森一は、そんな家庭像に食い足らないものを当時感じていたというが、かかる時代に提出された『家族八景』における家族のありようは、おそらく十分に衝撃的だったのである。 

 戦後20年以上を経て、物質的にある程度恵まれるようになった時代。だが、それで人びとは幸せになったわけではなく、かといって一概に不幸というわけでもなく、度し難いどろどろとした感情を心に秘めている。うわべは幸せそうでありながらそれぞれに秘密を抱える中流家庭が崩壊の道をたどるさまを描いた山田脚本の『岸辺のアルバム』が、1977年。その6年も前に書かれた『家族八景』の先見性は、驚嘆に値する(筒井康隆に、家族像を刷新しようという意図があったか否かは詳らかではない)。 40年経ったいま、テレパスという設定の新味はもうなくなった感もあるが、生々しさはきっと2010年代に初めて読む読者をも惹きつけるだろう。筒井の初期作品『にぎやかな未来』(新潮文庫)やら眉村卓やらといったSFが、設定は凝っているかもしれないが、現代の目から見ると古色蒼然としたものに映ってしまうのとは対照的である。 

家族八景 (新潮文庫)

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 つづく第2作『七瀬ふたたび』(新潮文庫)は、1972年から連載が始まり、1975年に1冊にまとまった。『ふたたび』では、前作のようなどろどろとした人間群像の描写は後退し、戦闘シーンがメインになっている。後半では超能力撲滅を企む謎の組織との戦いが描かれる。 

 『家族八景』における七瀬は、同作が赤塚不二夫によって漫画化された際には“ハウスジャックナナちゃん”というタイトルになっていたように、家庭の欺瞞を暴く破壊者として、アンチヒロインのような色彩もあった。だが『ふたたび』になると、少年を守って悪と戦う善人のような描き方になってしまい、個人的には何だか物足りない思いがあった。 

 ここからは結末を明らかにしてしまうので、未読の人は気をつけていただきたいのだが、終盤で同じテレパスの少年やテレキネシスの持ち主、時間旅行者と力を合わせて謎の組織と戦っていた七瀬は、組織の奇襲にあって、命を落としてしまうのだった。七瀬だけでなく、仲間たちも全滅する。(つづく)

七瀬ふたたび (新潮文庫)

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