私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

李恢成 インタビュー(1985)・『伽倻子のために』(1)

在日朝鮮人二世の青年(呉昇一)と日本人女性(南果歩)との恋愛を描いた映画『伽倻子のために』(1984)。原作は李恢成の同名小説(新潮文庫)で、映画公開後に李氏がインタビューに答えている。インタビューアー(栗原陽子氏)の言葉は字数の関係上やや割…

小栗康平 インタビュー(1985)・『伽倻子のために』(2)

〈日本映画の現状〉 小栗 映像の表現というのはいうまでもなく近代のものです。シネマトグラフという見世物から活動写真となって娯楽として生活に密着してからまだ日も浅い。その中で作家の表現として、人の生き方とか感情を伝えるものとして成熟もしてきま…

小栗康平 インタビュー(1985)・『伽倻子のために』(1)

映画『泥の河』(1981)にて鮮烈にデビューし、『死の棘』(1990)や『FOUJITA』(2015)などで知られる小栗康平監督。その小栗監督が在日朝鮮人二世の青年(呉昇一)と日本人女性(南果歩)との恋愛を描いた秀作が『伽倻子のために』(1984)である。原作は…

一少年の観た〈晩年〉・伊丹十三

伊丹十三が逝って、昨年12月で丸20年を迎えた。伊丹自殺の報が流れた朝のことは、筆者はまだ15歳だったが何となく思い出せる。筆者は伊丹の存在をリアルタイムで感じた中では、おそらく最年少の世代だろうか。ただ、当時の伊丹の評価は芳しいものではなかっ…

今野勉 × 是枝裕和 トークショー “永六輔とテレビジョン”レポート・『遠くへ行きたい』(3)

今野勉 × 是枝裕和 トークショー “永六輔とテレビジョン”レポート・『遠くへ行きたい』(2)

今野勉 × 是枝裕和 トークショー “永六輔とテレビジョン”レポート・『遠くへ行きたい』(1)

1970年からつづく長寿番組『遠くへ行きたい』。そのスタート当初は、故・永六輔がレギュラーを務めている。2月に高円寺で『遠くへ行きたい』の第1・16回の上映と、今野勉・是枝裕和トークショーがあった。

切通理作 トークショー “日本の怪獣映画 本多猪四郎から現代・未来へ ” レポート (4)

切通理作 トークショー “日本の怪獣映画 本多猪四郎から現代・未来へ ” レポート (3)

『美女と液体人間』(1958)や『ガス人間第一号』(1960)のような変身人間物では、液体人間はほぼゴジラと同じ。『ゴジラ』(1954)の発想のもととなったのは『原子怪獣現わる』(1954)と当時起こった第五福竜丸事件で、『ゴジラ』も最初は被曝した船が戻…

切通理作 トークショー “日本の怪獣映画 本多猪四郎から現代・未来へ ” レポート (2)

『ゴジラ』(1954)の企画は、いちばん最初は撮影所の重役の森岩雄さんが、でかいものが東京をめちゃくちゃにするものと言ったと、本多さんが証言しています。恐竜みたいなものはどうだということで、香山滋さんに原作を依頼して。小説も2バージョンあります…

切通理作 トークショー “日本の怪獣映画 本多猪四郎から現代・未来へ ” レポート (1)

『宮崎駿の〈世界〉』(ちくま文庫)や『山田洋次の〈世界〉』(ちくま新書)などで知られる批評家の切通理作氏は『怪獣使いと少年』(洋泉社)や『怪獣少年の〈復讐〉』(同)など特撮作品にも造詣が深い。その切通氏が2014年に発表したのが、映画『ゴジラ…

対談 山田太一 × 宗雪雅幸 “日本人が失ってきたもの。これから培っていくべきもの”(1992)(6)

対談 山田太一 × 宗雪雅幸 “日本人が失ってきたもの。これから培っていくべきもの”(1992)(5)

対談 山田太一 × 宗雪雅幸 “日本人が失ってきたもの。これから培っていくべきもの”(1992)(4)

山田 あの頃は、一生懸命働けばそろそろみんなにもマイホームが手に入るという時期になってきて、でもまだ入らない人も随分いたわけです。ですから「マイホームのために働いているんだ、文句言うな」と言えば、結構まだ通用した時代なんです。しかし、奥さん…

対談 山田太一 × 宗雪雅幸 “日本人が失ってきたもの。これから培っていくべきもの”(1992)(3)

山田 まだインテリというのが選ばれた人で、薫りがあるんです。まいったと思いました。そういう味わいは、ドラマでは味わいがなくてとても出せませんでしたけれども、いいものだなと思いました。中村光夫さんの『戦争まで』という、第二次大戦が始まるまで、…

対談 山田太一 × 宗雪雅幸 “日本人が失ってきたもの。これから培っていくべきもの”(1992)(2)

宗雪 たまたま“美しい日本人”という話が出ましたけれども、私どもの会社の近くに青南小学校があって、そこに「降る雪や明治は遠くなりにけり」という中村草田男さんの句碑があるんです。中村草田男さんは、青南小学校で先生をなさっていたんですが、あの人も…

対談 山田太一 × 宗雪雅幸 “日本人が失ってきたもの。これから培っていくべきもの”(1992)(1)

脚本家の山田太一先生が、富士写真フイルムの宗雪雅幸・専務取締役と対談した記事を入手した(「FGひろば」Vol.81)。「新春特別対談」と銘打っているものの、当然ながら対談は前年(1992年)の末に行われたとおぼしい。そこで標題は1992年のものということ…

中島丈博 × 野上照代 トークショー レポート・『首』(2)

【橋本忍の想い出】

中島丈博 × 野上照代 トークショー レポート・『首』(1)

映画『七人の侍』(1954)や『生きる』(1952)、『上意討ち 拝領妻始末』(1967)、『日本のいちばん長い日』(1967)、テレビ『私は貝になりたい』(1958)など綺羅星のごとき作品で知られる脚本家・橋本忍。その橋本が実在の弁護士・正木ひろしをモデルに…

山田太一 インタビュー “家庭の現状を偏見なく見てドラマに反映したい”(1978)

脚本家・山田太一氏の声価は、テレビ『男たちの旅路』シリーズ(1976〜1982)や『岸辺のアルバム』(1977)などによって、1970年代終わりに高まった。その時期に「若葉」紙に載ったインタビューを入手したので、以下に引用したい。「シリーズ 私の“素直な心”…

飯島敏宏 × 白石雅彦 × 河崎実 トークショー “テレビドラマ50年を語る”レポート (4)

【木下プロ以後 (2)】 映画『怪獣大奮戦 ダイゴロウ対ゴリアス』(1973)を撮った時期は、既に木下プロにいた時期だった。

飯島敏宏 × 白石雅彦 × 河崎実 トークショー “テレビドラマ50年を語る”レポート (3)

【ウルトラシリーズ (2)】 飯島監督は、『ウルトラマン』(1966)でバルタン星人の登場する「侵略者を撃て」と「科特隊宇宙へ」の脚本・監督を担当。

飯島敏宏 × 白石雅彦 × 河崎実 トークショー “テレビドラマ50年を語る”レポート (2)

【時代劇のエピソード (2)】 飯島「松田(松田定次)さんは、テストは自分でおやりになる。西の時代劇の監督はね。滝沢英輔監督も国際放映で、全部自分で芝居をやるんですよ。山田洋次さんみたいな伝統的な監督は何度もテストやらせてくたびれさせて、最後に…

飯島敏宏 × 白石雅彦 × 河崎実 トークショー “テレビドラマ50年を語る”レポート (1)

『ウルトラマン』(1966)や『ウルトラセブン』(1967)、『金曜日の妻たちへ』シリーズ(1983〜1985)など多数のテレビ・映画作品を手がけた飯島敏宏監督。2017年に自伝エッセイ『バルタン星人を知っていますか?』(小学館)を刊行した飯島氏がキャリアを…

大海赫ワンダーランド 紙芝居&動画上映会 レポート

『ビビを見た!』(ブッキング)などで名高い童話作家・大海赫の個展“大海赫ワンダーランド”が板橋のカフェ百日紅にて開催中。大海先生がご自身で紙芝居を披露し、動画も上映されるイベントもあった。

秋野太作 トークショー レポート・『私が愛した渥美清』(3)

【映画『男はつらいよ』について (2)】

秋野太作 トークショー レポート・『私が愛した渥美清』(2)

【渥美清の想い出 (2)】

秋野太作 トークショー レポート・『私が愛した渥美清』(1)

テレビ『必殺仕掛人』(1972)や『俺たちの旅』(1975)、『おもいっきり探偵団 覇悪怒組』(1987)、『エトロフ遙かなり』(1993)などで知られるベテラン俳優・秋野太作。その秋野氏が映画『男はつらいよ』シリーズなどで多数共演した渥美清についてつづっ…

黒沢清監督 トークショー レポート・『悪魔のいけにえ』(2)

黒沢「(『悪魔のいけにえ』〈1974〉を)見た当時は品格という言葉は思わなかったんですけど。静かな時間を爆音でどう表現するか(笑)。聞きどころでしょうか。判る人には判るというか。何も起こってない時間が、実に心地いい。それが映画の基本だと思いま…

黒沢清監督 トークショー レポート・『悪魔のいけにえ』(1)

吉祥寺バウスシアターなど各地で行われてきた爆音映画祭。今年は丸の内でも開催され、『悪魔のいけにえ』(1974)の上映と黒沢清監督のトークショーがあった。