私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

藤子不二雄

藤子不二雄A原作ドラマ『愛ぬすびと』のシナリオ(脚本:佐々木守)を読む (2)

【第1週/第2話】

藤子不二雄A原作ドラマ『愛ぬすびと』のシナリオ(脚本:佐々木守)を読む (1)

妻の入院費を稼ぐために結婚詐欺を繰りかえす青年・愛誠を描いた、藤子不二雄A『愛ぬすびと』(復刊ドットコム)。藤子Aの長いキャリアの中でも上位に位置するであろう傑作で、筋の面白さに加えて凝ったコマ割りやペンタッチも魅惑的で脂が乗りきっており、フ…

藤子・F・不二雄作品 実写化のあゆみを振り返ろう(2)

(承前)映画『未来の想い出』(1992)から10年を経た2002年、『キテレツ大百科』の実写ドラマ『キテレツ』と『エスパー魔美』がNHKで相次いで放送された(このあたりになると筆者もリアルタイムで見ており、よく覚えている)。

藤子・F・不二雄作品 実写化のあゆみを振り返ろう(1)

藤子・F・不二雄のマンガ『中年スーパーマン左江内氏』(小学館)が、『スーパーサラリーマン左江内氏』(2017)と題して実写で連続テレビドラマ化される。

小原乃梨子講演会 “声に恋して” レポート(2)

【吹き替えの想い出 (2)】 声優って何でしょうね。いまではなりたいって人もいて、最近伺いましたけど、コミュニケーション学科に声優科ができるそうですね。それほど市民権を得たと。

巨星が墜ちた日 藤子・F・不二雄死去

1996年9月23日。 秋分の日で学校はなく、中学生の筆者は塾の模試をこなして、疲れきって帰宅。その夜には巨匠・大林宣彦監督のテレビ『三毛猫ホームズの推理』があり、録画をセットしようとテレビをつけた。

稲垣高広 × 川口貴弘 × 世田谷ピンポンズ トークショー レポート・『まんが道』(3)

【『まんが道』の人物たち】 『まんが道』には個性的なキャラが多数いるが、高校時代の敵役が武藤。眼鏡をかけてキザな感じで実にむかつく。

稲垣高広 × 川口貴弘 × 世田谷ピンポンズ トークショー レポート・『まんが道』(2)

【『まんが道』とは (2)】 稲垣「ぼくが読み始めたのは、小学校高学年。(主人公・満賀道雄が)まだ高岡に暮らしているあたり、そのへんが印象深くて。進路に迷ったり、自分と重なって感情移入。

稲垣高広 × 川口貴弘 × 世田谷ピンポンズ トークショー レポート・『まんが道』(1)

巨匠・藤子不二雄Aが、人生行路を自伝的に描いた大河マンガ『まんが道』(小学館)。主人公(藤子A ≒ 満賀道雄)が友人(『ドラえもん』などの藤子・F・不二雄 ≒ 才野茂)とコンビを組んでマンガを創作し、新聞社勤めなどを経て富山から上京し、トキワ荘に入…

大山のぶ代の闘病と『ドラえもん』降板・砂川啓介『カミさんはドラえもん』

テレビ『ドラえもん』(1979〜2005)にて、ドラえもんの声を長年演じ、最近は認知症を患っていることを公表している大山のぶ代氏。大山氏は7月に仕事復帰したそうで、病と戦いながらも現役で仕事を続行されているのは喜ばしい。

野沢雅子 × 肝付兼太 × 鈴木伸一 トークショー レポート(2)

(表に出せない発言は割愛しております) 【藤子不二雄の原作アニメ (2)】 藤子原作の『怪物くん』(1981〜1983)では、野沢氏が怪物ランドの王子・怪物くん役、肝付氏がドラキュラ役。

野沢雅子 × 肝付兼太 × 鈴木伸一 トークショー レポート(1)

杉並アニメーションミュージアムにて、声優の野沢雅子・肝付兼太両氏と鈴木伸一館長のトークショーが行われた。

えびはら武司 × 高峰至 × 坂本享哉 トークショー レポート・『藤子スタジオアシスタント日記』(2)

【藤子スタジオの想い出 (2)】 えびはら「ぼくがいたのは、『ジャングル黒べえ』が終わって、『ドラえもん』も終わるかもっていう、藤本(弘)先生の火が消えかけて淋しい時期。安孫子(素雄)先生は劇画のほうへ乗り換えて、手間のかかる絵だから、スタッフ…

えびはら武司 × 高峰至 × 坂本享哉 トークショー レポート・『藤子スタジオアシスタント日記』(1)

故藤子・F・不二雄(藤本弘)、藤子不二雄A(安孫子素雄)の藤子スタジオに在籍し、アシスタントとして藤子・F先生に師事した漫画家・えびはら武司。

たてかべ和也 発言録

テレビ『ドラえもん』(1979〜)やその劇場版にてジャイアン役を26年演じた、たてかべ和也氏。たてかべ氏が逝去して1週間以上が経つけれども、喪失感は消えない。以下はたてかべ氏の発言の中で、引用者の手元にいくつかあるものである。

たてかべ和也 × 肝付兼太 トークショー “ジャイアンとスネ夫のスペシャルナイト”のおもひで・『ドラえもん のび太とふしぎ風使い』

テレビ『ドラえもん』(1979〜)の声優陣は2005年に一新されたのだけれども、その交代直前に、ジャイアン役のたてかべ和也氏とスネ夫役の肝付兼太氏のトークショー(プラス映画上映)が行われるイベント“ジャイアンとスネ夫のスペシャルナイト”があった。

ドラえもん映画の舞台挨拶・『ドラえもん のび太と翼の勇者たち』

テレビ『ドラえもん』(1979〜2005)の主演声優を長年務めた大山のぶ代氏が、認知症を発症していることが公表された。かつて『ドラえもん』を演じていたことを覚えているのかは不分明で会話すら難しいそうで、ドラえもんマニアである筆者は、じわじわとショ…

えびはら武司 × のむらしんぼ × 三浦みつる トークショー “マチコとエルとハゲ丸が語る漫画の神様たち” レポート(2)

【藤子不二雄A先生について】 浜田「私はA派。自称20歳のときに『まんが道』を読んで感動して、漫画家になろうって思って。私のにはちょっとA先生の絵も入ってて、「ドーン!」も「使っていいですか」って言って、許可もらいました。回を重ねるごとに『笑ウ…

えびはら武司 × のむらしんぼ × 三浦みつる トークショー “マチコとエルとハゲ丸が語る漫画の神様たち” レポート(1)

11月、阿佐ヶ谷にて漫画家のえびはら武司先生を中心にしたトークイベントが開催された。えびはら、のむらしんぼ両先生が故藤子・F・不二雄を語るというイベントが今年4月にあり、今回はその第2弾という位置づけである。 参加者は他に、漫画家の三浦みつる、…

鼎談 藤子不二雄A × 大山のぶ代 × 石ノ森章太郎「ドラえもんは君の愛だった」(1996) (3)

安孫子 あのドラえもんの喋り方になるまで、研究もされたんですか。 大山 いろいろ考えました。当時、ロボットの役をやるときはたいがい、電子音的に「ボ・ク・ハ」みたいに喋っていたんですが、ドラえもんはとても人間チックで全然ロボットっていう感じを受…

鼎談 藤子不二雄A × 大山のぶ代 × 石ノ森章太郎「ドラえもんは君の愛だった」(1996) (2)

安孫子 大山さんは、最初はいつ彼と会ったんですか。 大山 初めてテレビの『ドラえもん』の声を入れたあとです。役者としてはまず「先生、あれでいいんでしょうか」って聞きますよね。実は内心、「あれしかないぞ」と思っていたんです(笑)。そうしたら、「…

鼎談 藤子不二雄A × 大山のぶ代 × 石ノ森章太郎「ドラえもんは君の愛だった」(1996) (1)

以下に引用するのは、『ドラえもん』(小学館)などで知られる天才漫画家藤子・F・不二雄(藤本弘)先生が1996年に逝去された際に月刊誌「婦人公論」にて行われた鼎談で、藤子不二雄A、大山のぶ代、石ノ森章太郎の三氏が参加しておられる(字数の関係上全…

藤子不二雄A インタビュー「藤子不二雄Aが語る私と『ドラえもん』の50年」(1996)

18年前の1996年9月23日に漫画家の藤子・F・不二雄(藤本弘)先生が逝去した直後の、藤子不二雄A先生のインタビューを以下に引用したい(藤子A先生の発言に絞って引用)。 藤子A先生の自伝的な『まんが道』(小学館)を読むと、10代で富山から上京したころに…

藤子不二雄A インタビュー「もう一人の藤子不二雄が明かすドラえもん創作秘話」(1996)(2)

僕らが連載を始めるときは、きちんと設計図を描くのではなく、いつもジャズの即興演奏のようなものでした。『ドラえもん』の場合も、一か月前に雑誌に出した連載開始の予告は、机の引き出しが開いていて、「来月、おもしろいものが飛び出すよ」という程度の…

藤子不二雄A インタビュー「もう一人の藤子不二雄が明かすドラえもん創作秘話」(1996)(1)

9月23日は、藤子・F・不二雄(藤本)先生のご命日である。亡くなられてから、18年の歳月が流れた。以下に引用するのは、藤子・F先生の逝去直後の相棒・藤子不二雄A先生のインタビューである(藤子A先生の発言に絞って引用)。 A先生の『まんが道』(中公文…

えびはら武司 × のむらしんぼ トークショー “マチコ先生とハゲ丸が語るF先生” レポート(2)

【藤子・F先生の人物像 (2)】 藤子スタジオの社員旅行の集合写真が、公開された。大黒柱の藤本弘(藤子・F・不二雄)先生は、なんと端に写っておられる。 のむら「これが当時の写真、えびはら先生がどれだけ偉そうにしてたか(一同笑)。安孫子先生とえび…

えびはら武司 × のむらしんぼ トークショー “マチコ先生とハゲ丸が語るF先生” レポート (1)

『ドラえもん』など多数の作品で知られる不世出の漫画家、藤子・F・不二雄。その藤子・F先生が逝去して、今年で18年である。 5月上旬に、阿佐ヶ谷にて藤子・F先生を語るイベントが催された。“マチコ先生とハゲ丸が語るF先生”と題して、『まいっちんぐマチ…

対談 藤子不二雄A × 石子順(1990)・『少年時代』(5)

漫画も映画も自分の見たいものを作るのが僕の仕事の基本 石子:そうすると、これは映画観客としては子どもから大人までが対象となるわけですね。 藤子:非常に欲ばった言い方ですけど、そう思っています。いま少年時代にある人、あるいは少女時代にある人は…

対談 藤子不二雄A × 石子順(1990)・『少年時代』(4)

時代は戦時中だがもっと普遍的な少年の物語にしたかった 石子:戦争の時代というのは漫画もそうでしたけど、映画でもすごく出ていましたね。靖国神社のところとか、兵隊になって出征していくところ。

対談 藤子不二雄A × 石子順(1990)・『少年時代』(3)

石子:で、評判はどうだったのですか。 藤子:予想どおり、なんの反響もありませんでした。最初は見事なくらい。ふつう連載をはじめたら、かならず面白いとか詰まらないとかいう手紙が来るんですけど、一年間連載していて、ほとんど反応がなかったですね。そ…