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私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

山田太一講演会 “時は立ちどまらない” レポート(1)

脚本家の山田太一先生の講演会へ足を運ぶ。“ゆっくり子育て講演会”という触れ込みだが、子育てなど終わっていそうなご年齢のお客さんが多かった。それゆえか、子育ての話も出たけれども、大半は時代の批評のようなお話であった。 山田先生は、今年2月に放送…

山田太一 インタビュー(1993)・『春の一族』『丘の上の向日葵』(2)

【『丘の上の向日葵』(2)】 『丘の上の向日葵』は何度か、ほかの局の方もやらないかと言ってきて下さったんですが、なんか、しっくりしないところがあった。今度、堀川とんこうさん(プロデューサー)と話してて、とんこうさんとTBSのスタッフでやるのが一番…

山田太一 インタビュー(1993)・『春の一族』『丘の上の向日葵』(1)

いまから21年前の1993年、脚本家の山田太一先生は、連続テレビドラマの仕事からはほぼ退いていたが、この年の春には例外的にTBSの『丘の上の向日葵』(1993)とNHKの『春の一族』(1993)という2本の連続物が同時進行で放送された。

山田太一 インタビュー(1990)・『少年時代』(2)

(映画『少年時代』では)説明的にならないように、最小限度まで、セリフを抑えた

山田太一 インタビュー(1990)・『少年時代』(1)

柏原兵三『長い道』(中公文庫)、それを漫画化した藤子不二雄A『少年時代』(中央公論新社)。藤子A自身の企画・プロデュースで『少年時代』(1990)は映画化され、藤子Aと篠田正浩監督の指名により、山田太一が脚色を手がけた。

山田太一が選んだベスト映画(2)

◎90年代日本映画~私のベスト5 1 『Shall we ダンス?』 2 『きらきらひかる』 3 『キッチン』 4 『僕らはみんな生きている』 5 『ゲンセンカン主人』

山田太一が選んだベスト映画(1)

昨年刊行された『文藝別冊 総特集 山田太一』(河出書房新社)は、過去に書かれた記事の再録が多いことなど若干の不満もあるけれども、それでもファンには面白くて貪り読んだ。 その中で、山田太一先生がベストの書籍10冊、ベストの映画20本を挙げておられる…

山田太一 トークショー レポート・『月日の残像』(2)

山田太一先生の代表作のひとつである『岸辺のアルバム』(1977)の主題歌は、ジャニス・イアン「Will you dance?」である。選んだのは、堀川とんこうプロデューサーだった。 山田「堀川とんこうさんが他のドラマ(『グッドバイ・ママ』1975)の主題歌にジャ…

山田太一 トークショー レポート・『月日の残像』(1)

脚本家・小説家の山田太一先生が季刊誌「考える人」(新潮社)に長年連載したエッセイが、『月日の残像』(同)にまとまった。山田先生のエッセイ集では『逃げていく街』(新潮文庫)が至高だと思っていて座右の書なのだけれども、今回はそれに比肩する面白…

山田太一講演会 “今ここで生きているということ” レポート (3)

【生きるかなしみ (2)】 勇気をもらうとか元気を出してとか、テレビは決まり文句をがんがん言うけど、そういうことをしょっちゅう言ってるとその言葉が本当のような気がしてくる。でも元気じゃなきゃ生きていけないのか、不幸なのか、それは問い直していいん…

山田太一講演会 “今ここで生きているということ” レポート (2)

【詩の言葉 (2)】 吉野弘さんは素晴らしい詩をたくさん書いていらっしゃいます。 「日々を慰安が吹き荒れる 慰安がさみしい心の人に吹く さみしい心の人が枯れる(…)

山田太一講演会 “今ここで生きているということ” レポート (1)

12月4日、溝の口駅近くの高津市民館大ホールにて行われた、脚本家・山田太一先生の講演会(川崎市立図書館の読書普及講演会)に行ってきた。 山田先生は溝の口がご自宅の最寄り駅なので、ここで講演されるのも初めてではないそうである。この近くの文教堂書…

山田太一 インタビュー(2002)・『彌太郎さんの話』(3)

A:「誰かを蘇らせる」ということに関して、ジョン・アーヴィングの『ピギースニードを救う話』という短篇が新潮社から出ているんですよ。少年たちがいじめの対象にしていた知的障害のあるスニードが、ある日、死んでしまうのですが、少年たちにしてみれば後…

山田太一 インタビュー(2002)・『彌太郎さんの話』(2)

Q:テレビドラマの脚本、舞台の脚本、そして小説を書かれるときに感じるそれぞれの違いや、意識して気をつけていることなどはありますか? A:初めて小説を書いたときに感じたのは、ものすごく自由でひとりだということです。一字一句すべてに責任を持って書…

山田太一 インタビュー(2002)・『彌太郎さんの話』(1)

脚本家の山田太一先生は、『異人たちとの夏』(新潮文庫)や『飛ぶ夢をしばらく見ない』(小学館文庫)、『終りに見た街』(同)など小説も書いておられるが、シナリオ作品では比較的リアルな話が多いのに対して、小説作品では不可思議な超常現象が頻発して…

山田太一 インタビュー(1995)・『夜中に起きているのは』(3)

書き手が早く反応してはいけないですね 今度の地震を体験したわけではないし、地震そのものを書いているわけではありませんから、神戸のリアルな実態みたいなものをきちっととらえているかどうかというと、そんなことはないと思います。そういうことは時間を…

山田太一 インタビュー(1995)・『夜中に起きているのは』(2)

それらをストップするものは何かというと、ひとつは哲学だと思います。つまりそんなにスピードを速くしなくたっていいんだという哲学、家は古くて不便でもいいんだという哲学。そういうものが身についていればストップできますよね。しかし、なかなかそんな…

山田太一 インタビュー(1995)・『夜中に起きているのは』(1)

脚本家の山田太一先生の作品の底流にいつもあるのが、時代や社会への批評意識である。描かれるのは“片隅”の出来事なのだけれども、常に時代が敏感に投影されている。 1995年に発表された舞台『夜中に起きているのは』についてのインタビュー(『週刊金曜日』…

山田太一講演会 “テレビドラマと私” レポート (3)

【老いのドラマ (2)】 いまはみなが長生きするという問題が。プラスもあるけど、マイナスも大きくなっています。核家族もすごく幸福だったのが、子どもが出てったりして、変わってきましたね。他者ともう一度手を結ぶ、核家族的に孤立しちゃいけないんじゃな…

山田太一講演会 “テレビドラマと私” レポート (2)

【『男たちの旅路』と鶴田浩二 (2)】 『男たちの旅路』(〈1976~82〉)の(ヒロイックな)鶴田浩二さんはもうやりたくない。(かつて)映画の若旦那シリーズでは下町の軽薄なへらへらした板前をやっていらした。その鶴田さんがうまいのを覚えていたので、下…

山田太一講演会 “テレビドラマと私” レポート (1)

シナリオライターの山田太一先生は、キャリア40年以上の巨匠である。2013年はテレビ放送60周年になるが、その歴史の中で数多くの秀作を残してきた山田先生が、ご自身の仕事を振り返る講演会が3月22日にあった。 “テレビドラマと私”と銘打たれていたが、NHK放…

シンポジウム “敗者たちの想像力 いま山田太一ドラマを再発見する” レポート (2)

(以下は山田先生のトーク) 【ドラマ作法】 もう78ですから、こういうところに出て来ても恥じらいがない(笑)。 (『敗者たちの想像力 脚本家 山田太一』〈岩波書店〉について)秩序だって敗者というテーマで書いてるわけではない。言われてみれば、そうか…

シンポジウム “敗者たちの想像力 いま山田太一ドラマを再発見する” レポート (1)

日本を代表する脚本家・山田太一先生は、もう評価などされ尽くしているような気がしていたけれども、実は山田作品の研究書というのは少なく、ファンはやや淋しい思いをしていたものであった。だが昨2012年に、長谷正人『敗者たちの想像力 脚本家 山田太一』…

山田太一講演会 “いま生きていること” レポート (3)

【ドラマについて (2)】 小学一年生ならこれを書いたりできるとか、限定できる。でも年をとると、男性でも女性でも差が出てくる。こうだ、とは言えない。複雑なものを捉えなくちゃいけない。すると社会科学もいいけど、広い意味での文学で捉えられるんじゃな…

山田太一講演会 “いま生きていること” レポート (2)

【時代の変化 (2)】 時代の変化は、ほんとに激しい。それも便利という意味で激しい、商業主義ですね。人と人とがやり取りするのを、パスする方向にある。便利じゃないほうがいいとは、普通は言えないですね。かつては切符を買うということで自分を克服できた…

山田太一講演会 “いま生きていること” レポート (1)

シナリオライターの山田太一先生は、シナリオの書き手としては、ほぼ日本最高と言っても過言でない巨匠である。ご当人曰く“片隅の話”である、無名の人びとを主人公にエンターテインメント性と社会批評の視点を併せ持つ作品で、テレビ『男たちの旅路』(1975…